税務相談 ケーススタディ|譲渡所得

老人ホーム入居後に空き家となった親の自宅と3,000万円特別控除
居住用財産の特例と空き家特例の適用可否

父母がともに老人ホームへ入所した後の自宅について、
一次相続で母が譲渡する場合と、二次相続で子が譲渡する場合の特例の当てはめを整理します。

本ページは一般的な事例をもとにした整理です。個別の事案への適用は、根拠条文の確認と担当者の判断を前提とします。
2026年9月時点の法令・国税庁の公表資料に基づいています。空き家特例の適用期限や要件は税制改正で変わることがあります。

事案の整理

1 父名義の自宅に、父母2人で居住
土地・建物はいずれも父の名義。
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2 父が有料老人ホームへ入所
母は自宅に一人で居住を続ける(約4年間)。
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3 母も老人ホームへ入所
以後、自宅は空き家。名義はまだ父のまま。
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4 父が死亡(一次相続)
母が土地・建物を相続する予定。母は入所中で、自宅には戻っていない。
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5 将来、母が死亡(二次相続)
子2人が相続し、譲渡を検討。

結論

論点見込み要点
1 母が譲渡する場合の
居住用財産の3,000万円控除(措法35条1項)
適用は困難母は「所有者として」この家屋に居住したことがない。
国税庁の質疑応答事例が同型の事案で適用を否定している。
2 母が譲渡する場合の
父の相続に基づく空き家特例(措法35条3項)
適用は困難父の入所直前に母が同居していた。
入所後も母が居住を続けた。この2点がそれぞれ要件に抵触する。
3 子が譲渡する場合の
母の相続に基づく空き家特例(措法35条3項)
不確実条文上の要件は満たしうるが、「母が所有者として居住していない」点で否定する実務解説が有力。
肯定する公的資料は見当たらない。適用期限(令和9年12月31日)の制約もある。
結論の要旨

母の存命中に母が譲渡する場合、3,000万円の特別控除はどちらも使えないと考えられます。
母の死亡後に子が譲渡する場合の空き家特例は、条文の文言上は否定されないものの、
公表されている実務解説は否定的で、適用を前提に動くなら税務署への事前照会が必要です。

質問ごとの答えの要旨

質問1 母の居住用財産の3,000万円控除

適用は困難

特例は、譲渡する人が「所有者として」住んでいた家屋を対象にすると解釈されています。
母が住んでいた当時の所有者は父で、母は相続で所有者になった後は一度も住んでいません。

夫所有の家屋に同居していた妻が転居後に相続して譲渡した事案について、
国税庁の質疑応答事例が「所有者として居住の用に供したことがない」として適用を否定しています。

質問2 父の相続に基づく空き家特例

適用は困難

父は老人ホーム入所中に死亡しているため、老人ホーム入所の特則(対象従前居住の用)で判定します。

特則では、入所直前に被相続人以外の居住者がいないこと、入所後に他の人が住んでいないことが必要です。
父の入所直前に母が同居し、入所後も母が住み続けたため、いずれも満たしません。

質問3 母の相続に基づく空き家特例

不確実(否定的見解が有力)

判定は母の相続を基準に行います。「父の相続時点で母が住んでいたか」は要件ではありません。
母の入所直前に父は既に施設にいたため、「母以外の居住者がいない」要件は満たしうると考えられます。

ただし、母は所有者となった後に一度も住んでいません。
この点を理由に適用を否定する実務解説が有力で、肯定する公的資料は確認できません。
令和9年12月31日までの譲渡という期限の制約もあります。

各質問の根拠と当てはめの詳細は、詳細タブの1章から3章へ

手続と時期の注意

前提によるケース分けは、詳細タブの4章へ

主な確認事項

確認事項の全12項目は、詳細タブの6章へ

1 質問1 母の居住用財産の3,000万円控除(措法35条1項)

条文の構造

措法35条2項1号は「その居住の用に供している家屋」の譲渡を、
同2号は「居住用家屋で当該個人の居住の用に供されなくなったもの」の譲渡(居住の用に供されなくなった日から3年を経過する日の属する年の12月31日までの譲渡に限る)を対象としています。
条文の文言に「所有者として」の語はありません。

国税庁の公表解釈

次の資料はいずれも、所有者としての居住を前提としています。

裁決

平成4年1月20日裁決(裁決事例集No.43)は、所有者となる前に居住したことのある家屋を相続で取得し、所有後は居住せずに譲渡した事案で、
「措置法35条は、個人が所有者として自身の住居の用に供している家屋等の譲渡をした場合について規定したもの」であり、
「かつて居住したことのある家屋を相続で取得したものであったとしても、自己の所有となった後に生活の本拠として利用しているか否かにより判断する」と判示しています。
所有前の居住歴しかない本件の母に、最も近い判断です。

通達の構造

措通31の3-6(1)は「当該所有者が従来その所有者としてその居住の用に供していた家屋であること」を要件とし、
措通35-4(注)1は「その家屋がその所有者の居住の用に供されなくなった日」を3年の起算点としています。

老人ホーム入所と「居住の用に供されなくなった日」

措法35条1項には、小規模宅地等の特例や空き家特例のような老人ホーム入所時の特則がありません。
母の入所により居住の用に供されなくなったと扱われます。
仮に3年の期限を数えたとしても、上記のとおり所有者としての居住がないため、適用には至らないと考えられます。

留意

母が相続後に自宅へ一時的に戻る方法は、「この特例の適用を受けることだけを目的として入居したと認められる家屋」として適用除外になるリスクがあります(措通31の3-2(2)イ、タックスアンサーNo.3302)。
生活の本拠の移転が実態として伴わなければ、通らない可能性が高いと考えられます。

併用特例との関係

2 質問2 父の相続に基づく空き家特例(措法35条3項)

老人ホーム入所の特則(対象従前居住の用)

父は相続開始の直前に老人ホームへ入所中であるため、通常の「相続開始直前に被相続人の居住の用に供されていた家屋」ではなく、
「対象従前居住の用」(措法35条5項かっこ書、措令23条8項・9項)に該当するかで判定します。要件は次のとおりです。

番号要件本件の当てはめ(父の相続)
①要介護認定・要支援認定等を受けていた被相続人が、有料老人ホーム等へ入所していたこと(措令23条8項1号)。
認定の有無は入所直前で判定する(措通35-9の2、タックスアンサーNo.3307)。
前提に記載なし。②③で不充足のため結論に影響しない。
②入所直前に、被相続人以外に居住をしていた者がいなかったこと(措法35条5項3号かっこ書)。
「居住をしていた者」は生活の拠点として利用していた者で、親族を含む(措通35-12)。
不充足 父の入所直前まで、母が同居していた。
③入所時から相続開始直前まで、被相続人の物品の保管等に供され、事業・貸付・被相続人以外の者の居住の用に供されていないこと(措令23条9項1号・2号)。
一時的な利用も該当する(措通35-9の3)。
不充足 父の入所後、母が約4年間居住していた。
④老人ホーム等が被相続人の主たる居住家屋であること(措令23条9項3号)。該当すると考えられる。

②と③の2点で要件を満たさないため、適用は困難と考えられます。
「入所直前に同居者がいた」という点だけでなく、「入所後も母が住み続けた」点も独立して抵触することに注意が必要です。

施行令の項番号について

令和5年改正後の現行の措令23条では、特定事由が8項、一定の要件が9項、家屋の範囲が10項、敷地の範囲が11項です。
旧番号(6項・7項)で引用している解説が多いため、参照時に注意が必要です。

3 質問3 母の相続に基づく空き家特例(措法35条3項)

判定の時点

被相続人居住用家屋に当たるかどうかは、母の相続開始の直前、老人ホーム入所の場合は入所により居住の用に供されなくなる直前の現況で判定します(措法35条5項、措令23条10項、措通35-10)。
「父の相続時点で母が住んでいたか」は要件ではありません。

条文上の要件と充足の見込み

番号要件本件の見込み(母の相続)
①母が入所直前に要介護認定・要支援認定等を受けていたこと(措令23条8項1号、措通35-9の2)。確認が必要 認定は申請日に遡って効力が生じる(介護保険法27条8項)。入所前に申請済みなら救済の余地がある。入所後の申請では困難。
②入所先が老人福祉法29条1項に規定する有料老人ホーム等であること(措令23条8項1号イ〜ハ)。確認が必要 未届の施設は該当性の確認が必要。
③入所直前に母以外に居住をしていた者がいなかったこと(措法35条5項3号かっこ書、措通35-12)。充足の見込み 父は既に施設に入所中で、自宅を生活の拠点としていなかった。父の住民票が自宅に残っていた場合は、入所契約書や施設利用料の記録で補完する。
④入所後から相続開始直前まで、母の物品の保管等に供され、事業・貸付・母以外の者の居住の用に供されていないこと(措令23条9項1号・2号)。維持が必要 父名義であった期間を含めて空き家であること。子や親族の一時的な居住も該当する(措通35-9の3)。
⑤昭和56年5月31日以前の建築で、区分所有建物登記がないこと(措法35条5項1号・2号、措通35-11)。確認が必要
⑥子がそれぞれ、母から相続により家屋と敷地の両方を取得すること(措通35-9)。手当てが必要 父の相続で母が土地・建物の両方を単独取得し、母の生前に遺産分割と相続登記を完了しておく。
⑦母の生前に家屋を取り壊さないこと(取壊しは相続後が前提。措法35条3項2号)。維持が必要 母の生前に取り壊すと、子が取得するのは敷地のみとなり適用できない。
⑧母の相続開始日から3年を経過する日の属する年の12月31日まで、かつ令和9年12月31日までの譲渡(措法35条3項)。期限の制約 母が存命の現時点では、期限内に相続開始と譲渡が完了する必要がある。
⑨譲渡対価の合計が1億円以下(子2人分を合算。措法35条3項・6項・7項、措通35-20)。確認が必要
⑩耐震基準に適合させて譲渡、全部取壊し後の敷地譲渡、又は譲渡の翌年2月15日までに買主側で耐震改修・取壊し(措法35条3項1号〜3号)。譲渡時に手当て
⑪相続時から譲渡時まで事業・貸付・居住の用に供しないこと(措通35-16)。維持が必要
⑫相続人が3人以上の場合は控除額2,000万円(措法35条4項)。子2人なら各人3,000万円が上限。相続人の数を確認
⑬市区町村長の被相続人居住用家屋等確認書の添付(措規18条の2第2項2号)。申請書類の準備 要介護認定等を証する書類、住民票の除票、施設の契約書、電気・水道・ガスの契約名義と使用中止日の書類等。
⑭相続税の取得費加算(措法39条)とは選択適用(措法35条3項、措通35-8)。有利判定が必要。

「母が所有者として居住していない」という論点

母は父の所有する家屋に居住していただけで、相続により所有者となった後は一度も居住していません。
この点について、条文・施行令・通達には「被相続人が居住当時に所有者であったこと」を求める明文はなく、
この論点を明言した国税庁の公表資料も見当たりません。

一方、公表されている税理士法人等の解説は、措法35条1項について「所有者として居住」を求める考え方を同条3項にも及ぼし、
本件と同型の事案(夫が先に入所、妻が一人暮らしの後に入所、夫死亡、妻相続、妻死亡)で「所有者として居住していないため被相続人居住用家屋に該当しない」と否定的に整理しています。
肯定する公的資料や解説は確認できませんでした。

評価

条文の文言上は否定されないものの、実務上は否認されるリスクが相当あります。
適用を前提に動くのであれば、所轄税務署への事前照会(文書回答手続を含む)を経ることが必要と考えられます。
保守的には「適用は困難」と評価される可能性が高い論点です。

条文構造からの反論の筋

否定説の根拠は、措法35条1項の「個人がその居住の用に供している家屋」(譲渡者本人の居住)を巡る判断です。
同条5項の「被相続人居住用家屋」は被相続人の居住のみで定義され、相続人本人の居住は求められていません。
1項の判断がそのまま5項に及ぶかどうかには、条文構造上の疑問があります。ただし、この筋で公的に認められた例は確認できていません。

4 前提によるケース分け

分岐Aの場合Bの場合
母の要介護認定等の時期入所前に認定済み、又は入所前に申請済みで入所後に認定
→ 特定事由に該当する。
自立で入居し、入所後に申請
→ 特定事由に該当せず、母の相続に基づく空き家特例は困難。
父の遺産分割と登記母の生前に分割を完了し、父から母へ相続登記
→ 子は母から家屋と敷地を取得する形になる。
未分割のまま母が死亡
→ 子2人が父・母双方の相続人として分割協議で母取得と定めれば余地があるとする解説があるが、父から子へ直接登記すると質問2の否定結論に整理されるおそれ。
家屋の取壊し時期母の相続後に取り壊す(又は耐震改修、買主側の翌年2月15日ルール)
→ 要件に沿う。
母の生前に取り壊す
→ 子が取得するのは敷地のみで、適用できない。
譲渡の時期令和9年12月31日までに母の相続開始と譲渡が完了
→ 現行法の適用期間内。
期限を超える
→ 現行法では適用不可。延長は税制改正次第。
父の住民票施設へ移していた
→ 確認書の審査で住民票の除票により確認できる。
自宅に残っていた
→ 判定は生活の拠点の実態で行う。入所契約書・施設利用料の記録等で補完し、市区町村の審査に備える。

5 根拠条文・通達の整理

根拠内容の要点
措法35条1項・2項居住用財産の3,000万円特別控除。「その居住の用に供している家屋」「居住の用に供されなくなったもの」(3年経過年の年末まで)。
措法35条3項空き家特例。平成28年4月1日から令和9年12月31日までの譲渡。相続開始から3年経過年の年末まで。譲渡対価1億円以下。耐震適合・取壊し・翌年2月15日ルール(1号〜3号)。39条との選択。
措法35条4項相続人が3人以上の場合は控除額2,000万円。
措法35条5項被相続人居住用家屋の定義。昭和56年5月31日以前建築(1号)、区分所有建物でないこと(2号)、相続開始直前(対象従前居住の用は入所直前)に被相続人以外の居住者がいなかったこと(3号)。
措令23条8項〜11項特定事由(要介護認定等+老人ホーム等入所)、一定の要件(物品保管、事業・貸付・他人の居住なし、主たる居住家屋)、家屋・敷地の範囲。
措規18条の2第2項・3項確認書の添付。介護保険法施行規則140条の62の4第2号該当者。
措通31の3-2、31の3-6居住用家屋の判定(生活の拠点)、特例目的の一時的入居の除外。所有者としての居住を前提とする要件。
措通35-4、35-6、35-7、35-8起算日(所有者の居住の用に供されなくなった日)、31条の3関係の準用、同一年の控除限度、39条との関係。
措通35-9〜35-9の6家屋と敷地の両方取得、要介護認定等の判定時期(入所直前)、入所後の一時的利用、譲渡の日の判定、耐震基準、相続人の数。
措通35-10、35-11、35-12、35-16、35-20判定時期、区分所有登記、居住をしていた者の意義、相続後の一時的利用、1億円判定の合算。
所法60条1項相続による取得の場合の取得費・取得時期の引継ぎ。
措法31条の3、39条軽減税率、相続税の取得費加算。
介護保険法27条8項要介護認定は申請日に遡って効力を生じる。
措通69の4-7の3(参考)小規模宅地等の特例では要介護認定等を相続開始の直前で判定する。空き家特例(入所直前)と判定時点が異なる。

6 確認事項(全件)

7 実務上の留意点

8 出典